水の滴る色 (8)

2011年11月1日

「カスピ海は晴れ渡り、遠い水平線が見える。」

今日から霜月。日本では霜はまだ降りませんか?
アゼルバイジャンは朝晩はぐっと冷え込みますが、この時期でも昼間になると晴れていれば日射しが暑く、長袖では汗ばむくらいです。

朝ご飯をいつものメニューで食べ終わらせて、少しだらっとして、日が昇るのを待ってから、昨日、「歩く」と宣言した通り、今日は歩き倒した。人は時速4kmで歩くと一般的に言われるけれど、僕はどうだろう。前に出雲で歩いたときは約9kmを1時間半で歩き切ったことがある。今日はそんなハイペースではなかったから、多分時速5km程度だろう。それで計算すると20kmくらいは歩いたことになる。
どこまで歩いたかというと…

こんな感じ。
これは朝、あべちゃんからFBで、「Heydar Aliev Cultural Center」のことを聞いたからだ。ここまで歩こう、と決め、11時に出発。

宿を出たすぐ近くの大通りは工事中。バクーはどこもかしこも工事中。その工事現場のみんなは陽気で、僕が手を振ると、集まって記念撮影。フィルムで撮ると、すぐに見れないことをみんな残念がるから、最近はフィルムで撮ってから、「わかった、こっちでもう一枚撮ろう」と言ってデジカメでも撮ってあげる。そうすると、液晶を見てすごく嬉しそうな顔をする。こっちに来て何人と握手したのかわからない。日本人である、というだけで恵まれるこの境遇には感謝したいと思う。先人たちが、どんな思いで日本をこんな風にしてくれたんだろう、と感慨深い。だって日本は江戸時代に門戸を閉ざし、世界に知られないような辺境であったのに。その幕末に坂本龍馬の活躍から始まる開国によって、世界と交流を始め、その時、ほんの小さな小国に過ぎなかったのに。第二次世界大戦で敗戦を喫し、世界的な地位を完全に失って、なんとか植民地にならずに独立させてもらっただけの弱小国家であったのに。それでも、立ち上がり、歴史をこんな風に回してきた先人たちが、ものすごく輝かしい存在なのだ、と感じるのはこの瞬間だと思う。
今、日本がどんな状況であれ、それは事実。もちろん欠点も短所もある。
僕は、歴史と現在を見比べたり、参照したり、そういう理解の先に、この現状を改善していく道筋を見いだせるんじゃないか、と、そんな風にいつも思う。
そういう意味では、海外の、日本人の大半が想像もつかないような所に出かけてくるのは、とても有意義だと感じている。

海岸沿いの公園にたどり着くと、パペットマペットのフェスが行われていて、それにしちゃでかいだろ、と思いながらも、カメラを向ける。
こんなに晴れ渡っているのは嬉しい。晴れていると気分までわくわくする。
カスピ海は晴れ渡り、遠い水平線が見える。その先が霞んでいるのか、地球の傾斜なのか、その水平線でぷつん、と視界は収斂する。その射程。

街に戻り、郵便局や銀行に立ち寄りながら、デュネルを買い、スーパーでダイエットコークを買い、公園で食べる。みんなの中にとけ込むみたいに、ベンチに座って、ぼうっとする時間もいいもんだなと思う。今日は終始穏やかだ。

そこから駅前の28May通りを東に抜け、グングン進むと空港へ抜ける道、Heydar Aliev通りに出られる。その通りは高速道路ではないのだけれど、片側5〜6車線あって、車がびゅんびゅん走っていく。その脇の歩道ではチャイを飲むおっさんや、下校途中の小学生なんかがいて、ここは穏やかな生活圏なのだ、と感じる。こういう「少し郊外」という範囲がとても好きだ。

スランプ、と感じていたのが嘘みたいにぱしゃぱしゃ撮れる。最初からこのエリアまで歩けば良かったんだ…と思ったけれど、このエリアに来てしまうと、現在のテーマではなく前回のコンセプトに近づいてしまうから、それはそれでいいのか、とも思ったり。この旅は思考も行ったり来たりすることがすごく多い。

最初この道は南北に伸びていて、僕は北に向かって歩いていたのだけれど、それが大きく東にカーブする辺りで、視界が一気に開けて、カルチャーセンターが顔を覗かせる。その大きさ!手前の赤いレンガの建設中のビルはだいたい1.5kmくらい手前にあるのだけれど、それでも同じような所に立っているように見える。
それでこの道はこのあたりから高速道路になっているのだけれど、他に道がないのか、歩道はちゃんと続いていて、それを道なりに歩き、更に歩道橋をわたり、坂を上ると、そのカルチャーセンターに挨拶が出来る距離になる。まだ建設中だけれども、いかに力を入れているのかがわかる。クレーンの投入数も、人員投入数も、他の建設物と比べると比じゃない。国家事業とはこういうものか、と思った。その坂を上り切った辺りからは、バクーの郊外を見渡せて、その晴れやかな空と、霞んでいるビルのコントラストが美しかった。

帰り道、懐かしい花の葉、種を見かけたのだけれど、それが思い出せなくて、気持ち悪くて、帰ってきてからスカイプではるさんに訊いたのだけれども、ふたりともわからなくて、ググって、最終的にはわかって、その後気付いたら誕生花の話になったりしたけれど、思い出せて良かった。オシロイバナ。僕の中ではホウセンカとセットになって記憶の引出しに入っています。でも、僕はホウセンカよりオシロイバナの方が好きで、その慎ましい感じがいいな、と子供心に思っていました。

夕飯はやっぱりデュネル。こっちはお昼ご飯に食べた所と違って、初日の夕飯に食べたケバブのお店。実は一昨日も行っていて、でももう売り切れ、って断られて諦めたのだけれど、今日リベンジで行ったら、店の人はもう僕のことを覚えていて、ウィンクされた。そういえばアゼルバイジャンのおっさんはみんなウィンクをよくする。それがお茶目で、写真を撮ったら、握手するためにぽっこり膨らんだお腹の辺りで肉の脂で濡れていた手を拭ってくれて、握手した。すごく大きくてごつごつしたその手は、1m近いナイフを巧みに操り、羊のお肉を削ぎ、デュネルを包む。白いカップはアイラン。トルコにもあるし、ブルガリアでも飲んだお気に入りのしょっぱい飲むヨーグルト。あとはコーヒーと炭酸水。今日の食事、以上。

明日、バクーを発って、モスクワへ移ります。寒いんだろうな。